ホントのやまたのおろちの表紙

第九話

ホントのやまたのおろち

八つの首をもつ大蛇、毎年娘を喰らう。
その「大蛇」を、地形と歴史で測ってみる。

I 原作 昔ながらの語り口で
II 科学ツッコミ 生物・地質・神話で検証
III リアル版 現代日本を舞台にした短編

原作

むかしむかし、出雲の川に現れる八つの首の大蛇。

誰もが知っているあの物語を、まずはそのままで。

出雲の肥河の河原に降り立ち上流を見上げる須佐之男命と流れてくる箸
肥河の河原に降り立った須佐之男命

むかしむかし、神々の世のこと。高天原(たかまがはら)を追われた須佐之男命(すさのおのみこと)は、出雲国の肥河(ひのかわ)の上流に降り立ちました。

河原を歩いていると、川面に箸が一本、ぷかぷかと流れてきました。「上流に、人の住まいがあるな」とスサノオは思い、流れをさかのぼっていきました。

やがて、河原の家から、すすり泣く声が聞こえました。スサノオが家を訪ねると、白髪の老夫婦と若い娘が、肩を寄せ合って泣いておりました。老人は名を足名椎(あしなづち)、妻は手名椎(てなづち)、娘は櫛名田比売(くしなだひめ)といいました。

「なぜ泣いておるのじゃ」とスサノオが尋ねると、足名椎はうつむいて答えました。「わたくしどもには、もともと娘が八人おりました。けれども、年に一度、上流から恐ろしい八岐大蛇(やまたのおろち)が下ってきて、ひとり、またひとりと娘を喰らっていきました。残ったのは、この末娘ひとり。今夜が、その大蛇の来る夜なのでございます」。

河原の家で泣く老夫婦と娘の前で神妙に耳を傾ける須佐之男命
娘を奪われ泣く老夫婦と、末娘の櫛名田比売

スサノオはしばらく考え、「では、私がその大蛇を退治してしんぜよう。ただし、退治のあかつきには、この娘を私の妻にいただきたい」と申し出ました。老夫婦は涙を流して承知しました。

スサノオはまず、櫛名田比売の姿を一本の櫛に変え、自分の髪にさしてしまいました。それから、家のまわりに垣根をめぐらし、八つの門をつくりました。八つの門の内側には、八つの大きな酒樽を据え、その中に、ことのほか強い「八塩折之酒(やしおりのさけ)」をなみなみと満たしました。

垣根に八つの門をつくり八つの酒樽に強い酒を満たして退治の仕掛けを整えるスサノオ
八つの門と八つの酒樽、退治の仕掛けを整える

夜半。山の向こうから、地響きとともに、八岐大蛇が現れました。その姿はすさまじいもので、八つの頭と八つの尾、目は赤い鬼灯(ほおずき)のように燃え、背には苔と桧と杉の木がびっしりと生え、その体は、谷を八つ、峰を八つも覆うほど。

大蛇は八つの頭をそれぞれ八つの門から差し入れ、樽の酒をごくごくと飲みほしました。やがて、酔いがまわって、ぐったりと地に伏し、いびきをかいて眠りこんでしまいました。

八つの頭と尾を持ち背に木の生えた巨大な八岐大蛇が八つの酒樽の酒を飲む場面
八つの頭を門に差し入れ、酒を飲む八岐大蛇

スサノオは、待ってましたとばかり、腰の十拳剣(とつかのつるぎ)を抜き、眠った大蛇の八つの頭を、ひとつ、またひとつと斬り落としていきました。地にあふれる赤い血で、肥河の水は真っ赤に染まったといいます。

眠った八岐大蛇の頭を十拳剣で斬り落とす須佐之男命と赤く染まる肥河
十拳剣で、眠った大蛇の頭を斬り落とす

八つの頭を斬り終え、続けて八つの尾をひとつずつ斬っていると、中ほどの一本の尾を斬ったとき、スサノオの剣の刃が、こぼれて欠けました。「これは、何かある」と尾を割いてみると——中から、見たこともない見事な一振りの太刀が、現れました。

「これは、おそろしき神宝じゃ」とスサノオはこの剣を取り上げ、姉である天照大御神(あまてらすおおみかみ)に献上しました。後の世に「草薙剣(くさなぎのつるぎ)」あるいは「天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)」と呼ばれる、三種の神器の一つです。

大蛇の尾から現れた草薙剣を高く掲げる須佐之男命と人の姿に戻った櫛名田比売
尾から現れた草薙剣を掲げる須佐之男命

こうして大蛇を退治したスサノオは、櫛から戻った櫛名田比売と結ばれ、出雲の地に「八雲立つ出雲八重垣」と歌った美しい御殿を建てて、長く幸せに暮らしたといいます。

めでたし、めでたし。

科学ツッコミ

待ってください。
その大蛇、どこから来ましたか。

八つの首、谷を八つ覆う体、酒で眠る怪物、尾から出てきた剣。生物・地質・神話学の観点から、ひとつずつ斬りひらく。

八つの首の蛇は解剖学的にありえるか、多頭・多尾の発生を検証した図解
図1 — 八つの首の蛇は解剖学的にありえるか(多頭・多尾の発生)
  1. 生物

    八つの首と八つの尾を持つ蛇、解剖学的にありえる?

    物語の主役、八岐大蛇。八つの頭、八つの尾、目は赤く燃え、体に苔と木が生える。生き物として可能でしょうか。

    検証

    哺乳類でも爬虫類でも、双頭・多頭の個体は「結合双生児」として現実に発生することがあります。蛇の双頭個体(飼育下を含めて)も世界各地で記録されています。けれども、八頭は別格。脊椎動物の発生過程で、頭部はふつう1個に決まる仕組みが強く働きます。複数の頭それぞれに脳・神経系・呼吸器系がある場合、神経伝達と血液供給の調整が破綻し、長く生きることはきわめて困難です。

    八つの尾も同様。爬虫類の尾は脊椎の延長で、複数の尾の発生はほぼ前例がありません。さらに、体に「苔と桧と杉」が生えるというのは、植物が動物の体組織に根を張るということで、共生としても寄生としても、生き物の体表で自立した木が成長することは現代生物学にはない。

    ※ 八岐大蛇は、現実の蛇ではなく、「複数の何か」を一頭の怪物に集約した、象徴的存在と読むのが自然です。

  2. 物理

    体が「八つの谷と八つの峰」を覆う巨大さ——重力で潰れない?

    『古事記』の描写によれば、大蛇の体長は山八つを覆うほど。動物としてのスケール限界はどこにあるのでしょう。

    検証

    陸上動物の体重は、二乗三乗の法則で制約されます。体長が2倍になれば体積(≒体重)は8倍、骨が支える断面積は4倍にしかならない。地上で生きた最大級の生物——竜脚類の恐竜アルゼンチノサウルス——でも体長約35メートル、体重約70トン。これでも骨格の限界に挑戦するサイズです。

    八岐大蛇が「八つの谷」を覆うとなれば、体長は数キロから十数キロという常識外れ。仮に体重を計算上数千〜数万トンにすれば、自重で関節と骨が即座に砕け、自分の体を支えられません。動くどころか、立ち上がることもできない。

    ※ 「山を覆うほど大きい」という描写は、物理的な体長というより、その存在の畏怖を表す比喩——というのが自然な解釈です。

    山を覆う巨体は重力で支えられるか、二乗三乗の法則を検証した図解
    図2 — 山を覆う巨体は重力で支えられるか(二乗三乗の法則)
  3. 化学・代謝

    巨大な蛇が、酒で眠ってしまう?

    スサノオの作戦は、八つの樽の強い酒で大蛇を酔わせて眠らせること。アルコールの効きとして、これは妥当でしょうか。

    検証

    アルコールは、ヒトを含む多くの動物に同じように作用します。体重に対して一定量を超えると、中枢神経が抑制され、運動失調、意識低下、深い眠りへ。蛇のような爬虫類でも、アルコール摂取で行動が鈍化することは実験的に知られています。

    ただし問題は量。仮に大蛇の体重を5,000トンと仮定すると、ヒトの致酔量(体重1kgあたり1g程度のアルコールで深酔い)から類推すれば、純アルコール約5,000kg=5トンが必要です。日本酒の度数を約15%とすれば、約33トンの日本酒。八つの樽で33トンというと、各樽が4トン超——直径2メートル超の特大樽が必要、ということになります。

    ※ 物語の「八塩折之酒」は通常の日本酒よりはるかに強い酒、と注釈されています。それで効いた、と読むこともできます。

    巨大な蛇を酒で眠らせられるか、アルコールと必要な酒量を試算した図解
    図3 — 巨大な蛇を酒で眠らせられるか(アルコールと必要な酒量)
  4. 地質・歴史

    尾から出てきた剣——草薙剣の正体は?

    スサノオが大蛇の尾を斬ると、一本の太刀が現れた。三種の神器のひとつ「草薙剣」です。これは何を意味するのでしょう。

    検証

    出雲地方(島根県)は、古代から「砂鉄製鉄」の本場として知られます。斐伊川の上流の山地は良質な砂鉄を産し、平安期から江戸期にかけて「たたら製鉄」が盛んに行われました。森を伐って木炭をつくり、砂鉄を炉で還元して鉄塊(けら)を得る——日本独自の伝統技法です。

    民俗学・歴史学では、八岐大蛇の物語を「製鉄集団と地元勢力の抗争の記憶」と読む説が有力です。大蛇の赤い目=たたら炉の炎、体の長さ=山の鉱脈、川を赤く染める血=砂鉄を含んで赤錆色に濁る河川。そして尾から出てきた草薙剣=出雲で作られた最初期の優れた鉄剣。スサノオが鉄を支配した、という記録が、神話の形で語り継がれたとする見方です。

    ※ もう一つの説は「氾濫する暴れ川(斐伊川)」説。毎年の洪水で田畑や娘(=命)を奪っていく川を、治水によって鎮めたスサノオ=治水の英雄、という解釈です。両者は両立しえます。

    草薙剣の正体は何か、暴れ川説とたたら製鉄説を検証した図解
    図4 — 草薙剣の正体は何か(暴れ川説とたたら製鉄説)
  5. 神話学

    なぜ「大蛇」? 世界の神話に共通する怪物退治の型は?

    英雄が大蛇を倒して財宝を得る——この型は、世界中の神話に見つかります。

    検証

    • ヘーラクレースとヒュドラ:ギリシャ神話。九つの首をもつ水蛇ヒュドラを、英雄ヘーラクレースが倒す。一つ斬るとそこから二つ生える、という凶悪な再生力。
    • ジークフリートと竜ファフニール:ゲルマン伝説。竜を倒し、財宝と「魔法の剣(バルムンク)」を得る。
    • 聖ゲオルギオスと竜:キリスト教伝承。竜の生贄にされかけた王女を救う騎士。

    共通の構造は「英雄→怪物退治→宝(剣・財・娘)」。比較神話学では、自然の脅威(洪水、火山、未開の森)を擬人化した「混沌の象徴」を、文明の英雄が秩序立てる物語、と読むのが定説。やまたのおろちも、その普遍的型の日本版として位置づけられます。

    ※ 神話の蛇/竜は、世界中で「水」と「鉱物(金属)」を象徴する存在。八岐大蛇が川と鉄の両方を担うのは、日本神話の独自性であり、地理と技術の重なりが生んだ豊かな造形です。

以上、5つの科学的ツッコミを入れてみた。まとめると——八つの首の蛇は生物学的に不可能、山を覆う巨大さは重力で支えられず、酒で眠らせるには現実的な量の酒では足りず、けれども「暴れ川」と「砂鉄製鉄」というふたつの史実が、神話の輪郭にぴったり重なってくる。やまたのおろちは、自然と技術の記憶を一頭の蛇に封じこめた、古代日本の知の結晶だった。

では、これらを全部「現実」に落としこんだら、やまたのおろちはどんな話になるのか。次のパートで答えを出す。

リアル版

鎮めた、本当のこと。

現代日本、島根県の山あい。毎年氾濫する暴れ川と、八つの遊水地と、若い河川技術者の物語。

CHARACTER RELATION — 登場人物相関図:第九話「ホントのやまたのおろち」 稲田町と比河 概念図 比河 八つの支流 八つの遊水地 稲田町 主要舞台 須佐 翔 主人公・河川工学技術者 ≒ 須佐之男命 稲田夫妻 正太・みつ/梨園農家 ≒ 足名椎・手名椎 依頼・協力 比河(暴れ川) ≒ 八岐大蛇 毎年の氾濫で町を脅かす 対峙・制御 稲田 奈々 看護師/祖父母と暮らす ≒ 櫛名田比売 協働 八つの遊水地 水を分散・吸収 ≒ 八つの酒樽 設計 たたら製鉄遺構 旧河床から出土 ≒ 草薙剣 発掘・保存 対峙 家族/発掘 支える 舞台:島根の山あい・稲田町/比河 時代:現代日本 原作との対応:[ 八岐大蛇→暴れ川 ] [ 八つの酒樽→八つの遊水地 ] [ 草薙剣→たたら製鉄の遺構 ] [ 須佐之男→河川技術者 ]
Fig.2 — 登場人物相関図:稲田町と、八つの遊水地で鎮めた比河

一 毎年来るもの

比河のほとりの梨園と、水害の不安を抱えて暮らす稲田家の祖父母と孫娘の奈々
毎年来るもの——比河のそばの梨園と、稲田家の三人

島根県の中部、山あいの「稲田町(いなだまち)」。人口千八百人、町を流れるのは「比河(ひのかわ)」という小さな川。上流の山から幾筋もの支流が合流し、町の手前でひとつになって日本海へ注ぐ。古くから良質な梨の産地として知られた町だが、この十年ほど、毎年のように比河は氾濫した。豪雨のたびに梨園が水に浸かり、家屋が床上まで濡れ、田畑がえぐられた。

稲田家は、町でいちばん古い梨園を営む農家だ。当主の稲田正太(しょうた、七十九歳)と妻のみつ(七十六歳)、そして孫娘の奈々(なな、二十八歳)の三人暮らし。奈々の両親は早くに病で亡くなり、祖父母に育てられた。看護師として隣町の病院に勤めていたが、来春には松江市内の総合病院へ移ることが決まっていた。「もう、町を出る」と、本人にも祖父母にも、半分以上、覚悟ができていた。

二 箸の漂流

支流に流れる古い箸を見つける若い防災コンサル須佐と、対岸の梨園の老人と娘
箸の漂流——支流のほとりでの、須佐と奈々の出会い

その年の春、町役場に、東京から派遣された一人の若い技術者が、防災コンサルタントとして滞在することになった。名は須佐 翔(すさ かける)、三十三歳。河川工学が専門で、全国の中山間地の水害対策に携わってきた。彼は町に着いて二日目から、長靴を履いて比河の上流を歩き、八つの支流のひとつひとつを地形図にめもっていった。

三日目、稲田家の梨園のすぐ脇を流れる支流のほとりで、須佐は古い箸が川に流れているのを見た。ふと顔を上げると、対岸の梨園で、老人と娘がしゃがんで何かを片付けていた。挨拶を交わし、話を聞いた。稲田夫妻と奈々だった。「孫の代までこの梨園を守りたかったが、もう難しいかもしれません」と正太は言った。「奈々もこの春、町を出ます」。

三 八つの槽

会議室で川の地図と遊水地の図面を前に八つの遊水地案を説く須佐と町議たち
八つの槽——八つの遊水地をつくる、という治水案

須佐の提案は、地元の人々にとっては最初、信じがたいものだった。「町の上流の支流ぞいに、八つの遊水地(ゆうすいち)を作る。豪雨のときは、本流が氾濫する前に、まず遊水地に水を引きこんで分散させる。水の勢いを殺せば、町は浸水しない」。

「八つの、わざわざ水が溜まる池を作る、というのか」と、町議のひとりが渋い顔をした。耕作地が一部、遊水地に転用されることになる。それは、町の老農家たちにとっては、長年の生活の場を、川と共有することを意味した。けれど、議論を重ねた末——稲田正太が最初に挙手した。「うちの上流の畑、提供します。あれを使ってください」。それから少しずつ、賛同が集まった。

四 集落の総出

重機で遊水地を整備する集落の人々と、書類を整理する看護師の奈々
集落の総出——県の補助金と重機と、集落の手で

夏のあいだ、八つの遊水地が、ひとつ、またひとつと整備されていった。県の補助金、業者の重機、そして集落の人々の手。奈々も看護師の仕事の合間に、休日は町へ戻って、書類の整理や、お年寄りの説明会の準備を手伝った。須佐は朝早くから夜遅くまで、現場に立ち、図面を直し、地元の年寄りの話を熱心に聞いた。「川は、地元の人がいちばん知っているんです」と須佐は奈々に言った。「私は、その知恵を、地図に書き起こすだけです」。

五 蛇の眠り

台風の濁流となった比河を望む土手に並んで座り夜明けを見る須佐と奈々
蛇の眠り——八つの大蛇が、八つの樽で眠った

その秋、過去最大級と言われた台風が、出雲を直撃した。降水量は観測史上最高。比河の上流は、ふだんの数十倍の濁流に変わった。役場と須佐は、夜通し、各遊水地の水位を監視した。

豪雨のピーク、八つの遊水地はそれぞれが満杯になり、水を満々と抱いた。やがて雨がやみ、夜明けには、遊水地は時間をかけて水を本流へ戻していった。町は——浸水しなかった。床下も濡れなかった。稲田家の梨は、ふだんと変わらない枝ぶりで、朝の光に揺れていた。

須佐は徹夜明け、奈々と並んで遊水地のひとつの土手に座って、夜明けを見ていた。「八つの大蛇が、八つの樽で眠った」と須佐は静かに言った。「あなたの町、神話そのままじゃないですか」。奈々は「やめてください」と笑った。「大蛇は、私たちが、退治したんですよ」。

六 草薙の剣

梨の花咲くなか出土したたたら製鉄の遺構と遊水地を結ぶ歩道を歩く須佐と奈々
草薙の剣——川は、もう町を脅かさない

遊水地を作るとき、旧河床の地面を掘り起こした業者が、変わった鉄塊と、古い炉の跡を見つけた。須佐が県の博物館に連絡すると、これは平安期から続いた「たたら製鉄」の遺構で、町の歴史を書き換える発見だ、と確認された。

翌年、町は「比河遊水地と、たたら製鉄遺跡を結ぶ歩道」を整備した。県の重要文化財に指定され、観光客がぽつぽつと訪れるようになった。稲田家の梨園は無事だった。奈々は松江への異動を取りやめ、町の診療所に勤めながら、休日は祖父母の梨園と、たたら遺跡の説明ボランティアを掛け持ちするようになった。

「八岐大蛇は、退治するものじゃなくて、ちゃんと、抱えるものでした」と須佐は、町を去る前の日、稲田家の縁側で言った。「川は、いまでも、町の隣にいます。ただ、もう、娘を喰いに来ません」。

梨の白い花が、風に揺れていた。比河は、もう、町を脅かさなかった。