第九話
ホントのやまたのおろち
八つの首をもつ大蛇、毎年娘を喰らう。
その「大蛇」を、地形と歴史で測ってみる。
原作
むかしむかし、出雲の川に現れる八つの首の大蛇。
誰もが知っているあの物語を、まずはそのままで。
むかしむかし、神々の世のこと。高天原(たかまがはら)を追われた須佐之男命(すさのおのみこと)は、出雲国の肥河(ひのかわ)の上流に降り立ちました。
河原を歩いていると、川面に箸が一本、ぷかぷかと流れてきました。「上流に、人の住まいがあるな」とスサノオは思い、流れをさかのぼっていきました。
やがて、河原の家から、すすり泣く声が聞こえました。スサノオが家を訪ねると、白髪の老夫婦と若い娘が、肩を寄せ合って泣いておりました。老人は名を足名椎(あしなづち)、妻は手名椎(てなづち)、娘は櫛名田比売(くしなだひめ)といいました。
「なぜ泣いておるのじゃ」とスサノオが尋ねると、足名椎はうつむいて答えました。「わたくしどもには、もともと娘が八人おりました。けれども、年に一度、上流から恐ろしい八岐大蛇(やまたのおろち)が下ってきて、ひとり、またひとりと娘を喰らっていきました。残ったのは、この末娘ひとり。今夜が、その大蛇の来る夜なのでございます」。
スサノオはしばらく考え、「では、私がその大蛇を退治してしんぜよう。ただし、退治のあかつきには、この娘を私の妻にいただきたい」と申し出ました。老夫婦は涙を流して承知しました。
スサノオはまず、櫛名田比売の姿を一本の櫛に変え、自分の髪にさしてしまいました。それから、家のまわりに垣根をめぐらし、八つの門をつくりました。八つの門の内側には、八つの大きな酒樽を据え、その中に、ことのほか強い「八塩折之酒(やしおりのさけ)」をなみなみと満たしました。
夜半。山の向こうから、地響きとともに、八岐大蛇が現れました。その姿はすさまじいもので、八つの頭と八つの尾、目は赤い鬼灯(ほおずき)のように燃え、背には苔と桧と杉の木がびっしりと生え、その体は、谷を八つ、峰を八つも覆うほど。
大蛇は八つの頭をそれぞれ八つの門から差し入れ、樽の酒をごくごくと飲みほしました。やがて、酔いがまわって、ぐったりと地に伏し、いびきをかいて眠りこんでしまいました。
スサノオは、待ってましたとばかり、腰の十拳剣(とつかのつるぎ)を抜き、眠った大蛇の八つの頭を、ひとつ、またひとつと斬り落としていきました。地にあふれる赤い血で、肥河の水は真っ赤に染まったといいます。
八つの頭を斬り終え、続けて八つの尾をひとつずつ斬っていると、中ほどの一本の尾を斬ったとき、スサノオの剣の刃が、こぼれて欠けました。「これは、何かある」と尾を割いてみると——中から、見たこともない見事な一振りの太刀が、現れました。
「これは、おそろしき神宝じゃ」とスサノオはこの剣を取り上げ、姉である天照大御神(あまてらすおおみかみ)に献上しました。後の世に「草薙剣(くさなぎのつるぎ)」あるいは「天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)」と呼ばれる、三種の神器の一つです。
こうして大蛇を退治したスサノオは、櫛から戻った櫛名田比売と結ばれ、出雲の地に「八雲立つ出雲八重垣」と歌った美しい御殿を建てて、長く幸せに暮らしたといいます。
めでたし、めでたし。
科学ツッコミ
待ってください。
その大蛇、どこから来ましたか。
八つの首、谷を八つ覆う体、酒で眠る怪物、尾から出てきた剣。生物・地質・神話学の観点から、ひとつずつ斬りひらく。
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生物
八つの首と八つの尾を持つ蛇、解剖学的にありえる?
物語の主役、八岐大蛇。八つの頭、八つの尾、目は赤く燃え、体に苔と木が生える。生き物として可能でしょうか。
検証
哺乳類でも爬虫類でも、双頭・多頭の個体は「結合双生児」として現実に発生することがあります。蛇の双頭個体(飼育下を含めて)も世界各地で記録されています。けれども、八頭は別格。脊椎動物の発生過程で、頭部はふつう1個に決まる仕組みが強く働きます。複数の頭それぞれに脳・神経系・呼吸器系がある場合、神経伝達と血液供給の調整が破綻し、長く生きることはきわめて困難です。
八つの尾も同様。爬虫類の尾は脊椎の延長で、複数の尾の発生はほぼ前例がありません。さらに、体に「苔と桧と杉」が生えるというのは、植物が動物の体組織に根を張るということで、共生としても寄生としても、生き物の体表で自立した木が成長することは現代生物学にはない。
※ 八岐大蛇は、現実の蛇ではなく、「複数の何か」を一頭の怪物に集約した、象徴的存在と読むのが自然です。
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物理
体が「八つの谷と八つの峰」を覆う巨大さ——重力で潰れない?
『古事記』の描写によれば、大蛇の体長は山八つを覆うほど。動物としてのスケール限界はどこにあるのでしょう。
検証
陸上動物の体重は、二乗三乗の法則で制約されます。体長が2倍になれば体積(≒体重)は8倍、骨が支える断面積は4倍にしかならない。地上で生きた最大級の生物——竜脚類の恐竜アルゼンチノサウルス——でも体長約35メートル、体重約70トン。これでも骨格の限界に挑戦するサイズです。
八岐大蛇が「八つの谷」を覆うとなれば、体長は数キロから十数キロという常識外れ。仮に体重を計算上数千〜数万トンにすれば、自重で関節と骨が即座に砕け、自分の体を支えられません。動くどころか、立ち上がることもできない。
※ 「山を覆うほど大きい」という描写は、物理的な体長というより、その存在の畏怖を表す比喩——というのが自然な解釈です。
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化学・代謝
巨大な蛇が、酒で眠ってしまう?
スサノオの作戦は、八つの樽の強い酒で大蛇を酔わせて眠らせること。アルコールの効きとして、これは妥当でしょうか。
検証
アルコールは、ヒトを含む多くの動物に同じように作用します。体重に対して一定量を超えると、中枢神経が抑制され、運動失調、意識低下、深い眠りへ。蛇のような爬虫類でも、アルコール摂取で行動が鈍化することは実験的に知られています。
ただし問題は量。仮に大蛇の体重を5,000トンと仮定すると、ヒトの致酔量(体重1kgあたり1g程度のアルコールで深酔い)から類推すれば、純アルコール約5,000kg=5トンが必要です。日本酒の度数を約15%とすれば、約33トンの日本酒。八つの樽で33トンというと、各樽が4トン超——直径2メートル超の特大樽が必要、ということになります。
※ 物語の「八塩折之酒」は通常の日本酒よりはるかに強い酒、と注釈されています。それで効いた、と読むこともできます。
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地質・歴史
尾から出てきた剣——草薙剣の正体は?
スサノオが大蛇の尾を斬ると、一本の太刀が現れた。三種の神器のひとつ「草薙剣」です。これは何を意味するのでしょう。
検証
出雲地方(島根県)は、古代から「砂鉄製鉄」の本場として知られます。斐伊川の上流の山地は良質な砂鉄を産し、平安期から江戸期にかけて「たたら製鉄」が盛んに行われました。森を伐って木炭をつくり、砂鉄を炉で還元して鉄塊(けら)を得る——日本独自の伝統技法です。
民俗学・歴史学では、八岐大蛇の物語を「製鉄集団と地元勢力の抗争の記憶」と読む説が有力です。大蛇の赤い目=たたら炉の炎、体の長さ=山の鉱脈、川を赤く染める血=砂鉄を含んで赤錆色に濁る河川。そして尾から出てきた草薙剣=出雲で作られた最初期の優れた鉄剣。スサノオが鉄を支配した、という記録が、神話の形で語り継がれたとする見方です。
※ もう一つの説は「氾濫する暴れ川(斐伊川)」説。毎年の洪水で田畑や娘(=命)を奪っていく川を、治水によって鎮めたスサノオ=治水の英雄、という解釈です。両者は両立しえます。
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神話学
なぜ「大蛇」? 世界の神話に共通する怪物退治の型は?
英雄が大蛇を倒して財宝を得る——この型は、世界中の神話に見つかります。
検証
- ヘーラクレースとヒュドラ:ギリシャ神話。九つの首をもつ水蛇ヒュドラを、英雄ヘーラクレースが倒す。一つ斬るとそこから二つ生える、という凶悪な再生力。
- ジークフリートと竜ファフニール:ゲルマン伝説。竜を倒し、財宝と「魔法の剣(バルムンク)」を得る。
- 聖ゲオルギオスと竜:キリスト教伝承。竜の生贄にされかけた王女を救う騎士。
共通の構造は「英雄→怪物退治→宝(剣・財・娘)」。比較神話学では、自然の脅威(洪水、火山、未開の森)を擬人化した「混沌の象徴」を、文明の英雄が秩序立てる物語、と読むのが定説。やまたのおろちも、その普遍的型の日本版として位置づけられます。
※ 神話の蛇/竜は、世界中で「水」と「鉱物(金属)」を象徴する存在。八岐大蛇が川と鉄の両方を担うのは、日本神話の独自性であり、地理と技術の重なりが生んだ豊かな造形です。
以上、5つの科学的ツッコミを入れてみた。まとめると——八つの首の蛇は生物学的に不可能、山を覆う巨大さは重力で支えられず、酒で眠らせるには現実的な量の酒では足りず、けれども「暴れ川」と「砂鉄製鉄」というふたつの史実が、神話の輪郭にぴったり重なってくる。やまたのおろちは、自然と技術の記憶を一頭の蛇に封じこめた、古代日本の知の結晶だった。
では、これらを全部「現実」に落としこんだら、やまたのおろちはどんな話になるのか。次のパートで答えを出す。
リアル版
鎮めた、本当のこと。
現代日本、島根県の山あい。毎年氾濫する暴れ川と、八つの遊水地と、若い河川技術者の物語。
一 毎年来るもの
島根県の中部、山あいの「稲田町(いなだまち)」。人口千八百人、町を流れるのは「比河(ひのかわ)」という小さな川。上流の山から幾筋もの支流が合流し、町の手前でひとつになって日本海へ注ぐ。古くから良質な梨の産地として知られた町だが、この十年ほど、毎年のように比河は氾濫した。豪雨のたびに梨園が水に浸かり、家屋が床上まで濡れ、田畑がえぐられた。
稲田家は、町でいちばん古い梨園を営む農家だ。当主の稲田正太(しょうた、七十九歳)と妻のみつ(七十六歳)、そして孫娘の奈々(なな、二十八歳)の三人暮らし。奈々の両親は早くに病で亡くなり、祖父母に育てられた。看護師として隣町の病院に勤めていたが、来春には松江市内の総合病院へ移ることが決まっていた。「もう、町を出る」と、本人にも祖父母にも、半分以上、覚悟ができていた。
二 箸の漂流
その年の春、町役場に、東京から派遣された一人の若い技術者が、防災コンサルタントとして滞在することになった。名は須佐 翔(すさ かける)、三十三歳。河川工学が専門で、全国の中山間地の水害対策に携わってきた。彼は町に着いて二日目から、長靴を履いて比河の上流を歩き、八つの支流のひとつひとつを地形図にめもっていった。
三日目、稲田家の梨園のすぐ脇を流れる支流のほとりで、須佐は古い箸が川に流れているのを見た。ふと顔を上げると、対岸の梨園で、老人と娘がしゃがんで何かを片付けていた。挨拶を交わし、話を聞いた。稲田夫妻と奈々だった。「孫の代までこの梨園を守りたかったが、もう難しいかもしれません」と正太は言った。「奈々もこの春、町を出ます」。
三 八つの槽
須佐の提案は、地元の人々にとっては最初、信じがたいものだった。「町の上流の支流ぞいに、八つの遊水地(ゆうすいち)を作る。豪雨のときは、本流が氾濫する前に、まず遊水地に水を引きこんで分散させる。水の勢いを殺せば、町は浸水しない」。
「八つの、わざわざ水が溜まる池を作る、というのか」と、町議のひとりが渋い顔をした。耕作地が一部、遊水地に転用されることになる。それは、町の老農家たちにとっては、長年の生活の場を、川と共有することを意味した。けれど、議論を重ねた末——稲田正太が最初に挙手した。「うちの上流の畑、提供します。あれを使ってください」。それから少しずつ、賛同が集まった。
四 集落の総出
夏のあいだ、八つの遊水地が、ひとつ、またひとつと整備されていった。県の補助金、業者の重機、そして集落の人々の手。奈々も看護師の仕事の合間に、休日は町へ戻って、書類の整理や、お年寄りの説明会の準備を手伝った。須佐は朝早くから夜遅くまで、現場に立ち、図面を直し、地元の年寄りの話を熱心に聞いた。「川は、地元の人がいちばん知っているんです」と須佐は奈々に言った。「私は、その知恵を、地図に書き起こすだけです」。
五 蛇の眠り
その秋、過去最大級と言われた台風が、出雲を直撃した。降水量は観測史上最高。比河の上流は、ふだんの数十倍の濁流に変わった。役場と須佐は、夜通し、各遊水地の水位を監視した。
豪雨のピーク、八つの遊水地はそれぞれが満杯になり、水を満々と抱いた。やがて雨がやみ、夜明けには、遊水地は時間をかけて水を本流へ戻していった。町は——浸水しなかった。床下も濡れなかった。稲田家の梨は、ふだんと変わらない枝ぶりで、朝の光に揺れていた。
須佐は徹夜明け、奈々と並んで遊水地のひとつの土手に座って、夜明けを見ていた。「八つの大蛇が、八つの樽で眠った」と須佐は静かに言った。「あなたの町、神話そのままじゃないですか」。奈々は「やめてください」と笑った。「大蛇は、私たちが、退治したんですよ」。
六 草薙の剣
遊水地を作るとき、旧河床の地面を掘り起こした業者が、変わった鉄塊と、古い炉の跡を見つけた。須佐が県の博物館に連絡すると、これは平安期から続いた「たたら製鉄」の遺構で、町の歴史を書き換える発見だ、と確認された。
翌年、町は「比河遊水地と、たたら製鉄遺跡を結ぶ歩道」を整備した。県の重要文化財に指定され、観光客がぽつぽつと訪れるようになった。稲田家の梨園は無事だった。奈々は松江への異動を取りやめ、町の診療所に勤めながら、休日は祖父母の梨園と、たたら遺跡の説明ボランティアを掛け持ちするようになった。
「八岐大蛇は、退治するものじゃなくて、ちゃんと、抱えるものでした」と須佐は、町を去る前の日、稲田家の縁側で言った。「川は、いまでも、町の隣にいます。ただ、もう、娘を喰いに来ません」。
梨の白い花が、風に揺れていた。比河は、もう、町を脅かさなかった。
了