第三話
ホントのかぐや姫
輝くばかりの姫は、どこから来て、どこへ帰るのか。
その「ふるさと」を、科学で見上げてみる。
原作
むかしむかし、光る竹の中に、小さな姫。
誰もが知っているあの物語を、まずはそのままで。
むかしむかし、あるところに、竹を取って暮らしを立てている老人がおりました。名を、竹取の翁といいます。
ある日、翁が竹林へ入っていくと、根元が黄金色に光っている竹が一本ありました。不思議に思って近づき、そっと切ってみると——なんと、その中に、背丈三寸(およそ十センチ)ほどの、たいそう可愛らしい女の子が座っているではありませんか。
翁はその子を手のひらに乗せ、大事に家へ連れ帰りました。子のなかった翁と媼(おうな)は大喜びで、我が子として育てることにしました。
不思議なことは、それだけではありません。その日から、翁が山で竹を切るたびに、節の中から黄金(こがね)が出てくるようになったのです。翁の家は、みるみる豊かになっていきました。
そして姫もまた、ふつうではありませんでした。引き取られてからわずか三月(みつき)のあいだに、小さかった姫はすくすくと育ち、もう立派な、輝くばかりに美しい娘になっていたのです。その美しさは家じゅうを明るく照らすほどで、人々は姫を「なよたけのかぐや姫」と呼びました。
かぐや姫の評判は国じゅうに広まり、家の前には、ひと目会いたいという男たちが毎日のように押し寄せました。なかでも熱心だったのが、五人の高貴な貴公子たちです。
困った翁が「どうか、この方々のどなたかを」と勧めると、かぐや姫はこう言いました。「では、わたくしの望むものを持ってきてくださった方のもとへ参りましょう」。
姫が一人ひとりに頼んだのは、世にも珍しい、手に入るはずのない宝物ばかりでした。天竺(てんじく)にあるという仏の石の鉢。東の海の蓬莱(ほうらい)の山に生えるという、玉の枝。火に焼けぬ火鼠(ひねずみ)の皮衣。龍の首にあるという五色の玉。燕(つばめ)が産むという子安貝(こやすがい)。
五人の貴公子は、あるいは偽物を作らせ、あるいは危険な旅に出て、どうにかして姫の心を得ようとしました。けれども、にせ物はすぐに見破られ、本物はどうしても手に入らず、五人とも望みを果たせませんでした。
やがて、その美しさは、時の帝(みかど)の耳にも届きました。帝までもがかぐや姫を望みましたが、姫はやはり、首を縦に振りません。
そのころから、かぐや姫の様子がおかしくなりました。月を見上げては、しくしくと泣くのです。
問いつめられて、姫はとうとう打ち明けました。「わたくしは、この国の者ではありません。月の都の生まれなのです。次の十五夜の晩、迎えが参ります。わたくしは、月へ帰らなければなりません」。
翁と媼は嘆き悲しみ、帝も大勢の兵を翁の家に遣わして、姫を守らせようとしました。
けれども、八月十五夜。空が真昼のように明るくなり、雲に乗った月の都の人々が、しずしずと降りてきました。兵たちは弓を構えることもできず、ただ立ちつくすばかりです。
月の人は、かぐや姫に「天の羽衣(あまのはごろも)」を着せようとしました。その羽衣をまとえば、地上での暮らしも、人を思う心も、すべて忘れてしまうのだといいます。
姫は羽衣を着せられる前に、翁と媼への手紙と、不死の薬を、そっと残しました。そして羽衣をまとうと、もう何も思い出さぬ顔になって、月の都へと昇っていきました。
あとに残された帝は、不死の薬を飲む気にもなれません。「姫のいないこの世で、いつまでも生きていて、何になろう」。帝はその薬を、天にいちばん近い、高い山の頂で焼き捨てさせました。
その煙は、いつまでも、いつまでも、山の上にたなびいていたといいます。——人はその山を、不死の山、富士の山と呼ぶようになりました。
——おしまい。
科学ツッコミ
待ってください。
竹から人、月に都ですか。
突っ込みどころは、竹の中にも夜空にもある。生物・天文・物理・化学・歴史の観点から、容赦なく検証する。
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生物
竹の中にいた背丈十センチの人間が、三月で大人に。そんな成長、ありえる?
かぐや姫は竹の節の中におさまる、背丈十センチほどの大きさで見つかります。そしてわずか三月(約90日)で、結婚を望まれるほどの大人へと育ちます。人間の成長として、これはどれくらい無茶なのでしょう。
検証
人間の新生児は、ふつう身長およそ50センチ。十センチというのは、その五分の一——むしろ生まれたてのハツカネズミに近いサイズです。心臓や脳、骨格といったヒトの臓器一式を、その寸法に機能した状態で収めることは、現実にはできません。
成長の速さも桁違いです。人間が赤ちゃんから成人になるには十数年かかります。それを90日で——通常の約60〜80倍速で——進めるには、細胞分裂と、それを支える栄養・エネルギーの供給量が、現実の生物の限界をはるかに超えます。
「竹は1日で1メートル以上伸びることがある」と急成長の例に挙げられますが、あれは細胞の数を増やしているのではなく、すでにある節の細胞を水で一気に伸ばす仕組み。動物が体をつくる成長とは、まったくの別物です。
※ 竹の中での発見も、三月での成人も、地球の生物学では説明できません。かぐや姫が「この世の生き物ではない」ことを、物語は冒頭からはっきり示しています。
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天文
月に「都」があり、人が住んでいる。月とは、そんな場所なのか?
かぐや姫の故郷「月の都」は、大勢の人が暮らす、地上よりも上等な世界として描かれます。実際の月は、どんな場所なのでしょうか。
検証
月には、ほとんど大気がありません。呼吸する空気もなく、空は昼でも真っ暗です。気圧がないため、液体の水は地表に留まれません。
重力は地球の約6分の1。体重60キロの人は、月では10キロほどに感じます。月の人々が「雲に乗ってふわり」と動く描写は、この低重力のイメージとは、意外にも噛み合います。
しかし温度差が苛烈です。月の地表は、昼が約110℃、夜は約マイナス170℃。しかも昼と夜は、それぞれ約2週間ずつ続きます。さらに、大気と磁場という盾がないため、宇宙放射線や微小隕石が地表に直接降りそそぎます。
※ 生身の人間が月に「都」を築いて暮らすには、地下都市や強力なドームなど、相当な技術が必要です。物語の月の都が「天人の住む清らかな別世界」なら、その技術力は地球をはるかに超えていることになります。
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物理
月から地球へ降り、また昇っていく。雲や羽衣で、その距離を移動できる?
月の都の人々は雲に乗って地上へ降り、かぐや姫は天の羽衣をまとって月へ昇ります。地球と月のあいだを、そんなに軽々と行き来できるものでしょうか。
検証
地球から月までの距離は、約38万キロメートル。地球をぐるりと約9周半する長さです。
月から地球へ「降りる」だけでも、ただ落下すればよいわけではありません。地球の重力にうまく捕まるには軌道の計算が要り、大気圏に飛びこめば猛烈な摩擦熱が生じます。アポロ計画の宇宙船も、専用の耐熱シールドでこれをしのぎました。
逆に地球から月へ「昇る」には、地球の重力を振り切る速さ——脱出速度、秒速およそ11.2キロメートル——が必要です。雲や羽衣がこれを生み出すなら、それは相当に強力な推進装置ということになります。所要時間も、アポロ宇宙船で片道およそ3日。「十五夜の晩に迎えが来て、その晩のうちに昇る」という早業は、現代のロケットでも容易ではありません。
※ 「天の羽衣」を“まとうだけで脱出速度を得られる装置”と読むなら、月の都の技術は、地球を大きく追い越していることになります。
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化学・生物
飲めば死ななくなる「不死の薬」。不老不死は、化学でつくれるのか?
かぐや姫が帝に残した「不死の薬」。ひと飲みすれば永遠に生きられるといいます。老いと死を止める薬は、ありうるのでしょうか。
検証
老化は、体のあちこちで同時に進む現象です。細胞分裂のたびに短くなる染色体の末端(テロメア)、酸化によるダメージ、傷ついた細胞の蓄積——その全部を、たった一つの薬で止めることは、現在の科学ではできません。
ただし「老化を遅らせる」研究は本物で、進んでいます。一部の動物実験では、特定の物質や食事制限によって寿命が延びた例が報告されています。クラゲの仲間(ベニクラゲ)のように、若い体へと戻る能力をもつ生き物も実在します。
とはいえ「不死」——絶対に死なないこと——は、たとえ老化を止めても達成できません。事故もあれば病気もある。生物学的な「不老」と、文字どおりの「不死」は、別の話なのです。
※ 帝は、不死の薬を飲まずに焼かせました。たとえ薬が本物だったとしても、大切な人のいない時間を永遠に生きることを、帝は選ばなかった——物語は、そう語っています。
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社会・歴史
五人の貴公子への「無理難題」。この物語は、いつ・なぜ生まれた?
仏の鉢、玉の枝、火鼠の皮衣……かぐや姫が五人に出した難題は、なぜこんなにも凝っているのでしょう。
検証
『竹取物語』は平安時代、九〜十世紀ごろに成立したとされ、のちに『源氏物語』のなかで「物語の出で来はじめの祖(おや)」——物語の元祖——と呼ばれた、現存する日本最古級の物語です。
- 貴公子のモデル説:五人の貴公子には、実在した有力貴族がモデルだという説があります。手に入らない宝を課して失敗させる筋立ては、時の権力者をやんわり風刺する仕掛けだった、と読むこともできます。
- 「月=異界」のモチーフ:天から人が降り、また天へ帰るという発想は、世界の神話に広く見られます。天人が地上の男と結ばれる「天人女房」型の説話も、各地に伝わっています。
- 地名と結びつく結末:不死の薬を焼いた山を「不死の山=富士山」とする結びは、物語が土地の記憶や地名説話と結びついた例といえます。
※ 求婚者を退け、帝の求めにも応じず、自分の意志で去っていく——千年以上前の物語のヒロインが、誰のものにもならず、生き方を自分で選ぶ。そこに、この物語がいまも古びない理由があります。
以上、5つの科学的ツッコミを入れてみた。まとめると——竹の中の十センチの子も三月での成人も地球の生物学では説明できず、現実の月は人が暮らすには過酷な世界、月と地球の往復には桁外れの速さと技術が要り、「不死」は薬では完成せず、そして『竹取物語』は権力を風刺し、自分の意志を貫くヒロインを千年前に描いていた。
では、これらを全部「現実」に落とし込んだら、かぐや姫はどんな話になるのか。次のパートで答えを出す。
リアル版
旅立った、本当のこと。
現代日本、竹林に抱かれた山あいの村。月をめざした少女の、現実の物語。
一 光る竹林
篁谷(たかむらだに)は、四方を竹林に囲まれた、山あいの小さな村だ。竹田三造(たけださんぞう)は、この村でただ一人になった竹細工の職人だった。妻のうたと二人、子はなく、年々静かになっていく村で、こつこつと籠(かご)や笊(ざる)を編んでいた。
ある十一月の、冷えこんだ夜のこと。三造が戸締まりをしようと外へ出ると、家の裏の竹林の奥が、ぼうっと明るい。提灯でも落ちているのか、と分け入っていくと——竹の根元に置かれた古い竹籠の中で、小さなランタンが灯り、その明かりに守られるように、生まれて間もない赤ん坊が眠っていた。
女の子だった。籠には毛布と、ミルクの缶と、折りたたまれた手紙が一通。「この子をどうか、あたたかい場所で育ててください」とだけ書かれていた。事情は、何も分からない。
三造とうたは、その夜のうちに役場へ連絡した。「しばらくのあいだ」と引き受けたその数日が、やがて、ずっと、になった。子のなかった二人は、その子を我が子として育てると決めた。竹林が光って見えたあの夜にちなみ、二人は赤ん坊を「かぐや」と名づけた。
二 かぐやと夜空
かぐやは、よく笑い、よく走る子に育った。
竹田の家は決して豊かではなかったが、三造の竹細工は確かな腕で、都会の店からの注文が、家計をぎりぎり支えた。かぐやは三造の仕事場が好きで、竹ひごを編んでいく手元を、いつまでも飽きずに眺めていた。
そして何より、かぐやは夜空が好きだった。縁側に寝転んで、何時間でも月や星を見上げている。小学校で借りた図鑑をぼろぼろになるまで読み、中学では、壊れた古い望遠鏡を自分で直して使った。「月のクレーターはね、隕石がぶつかった跡なんだよ」——かぐやが話しはじめると、三造もうたも、半分も分からないまま、嬉しそうに聞いていた。
かぐやの成績は、村の学校では飛び抜けていた。とくに理科と数学は、先生が教えることがなくなるほどだった。「あの子は、たいした子だ」。村の評判は、やがて村の外へも届きはじめた。
三 五つの申し出
かぐやが高校生になるころ、竹田の家には、いくつもの申し出が舞いこむようになった。
ある私立校は、特待生として迎えるかわりに、学校の広告に「天才少女」として顔を出すことを求めた。あるテレビ局は、感動の物語に仕立てたいと、密着取材を申し入れた。ある企業は、奨学金と引きかえに、卒業後は自社で働くという契約を望んだ。地元の有力者は、村のPRにかぐやを使いたいと言った。遠縁を名乗る人物まで現れて、後見人になりたいと申し出た。
どれも、言葉はやさしかった。けれど三造とうたは、そのどれも、ていねいに断った。「うちの子は、見世物でも、看板でもないでな」。かぐや自身も、首を横に振りつづけた。それらの申し出は、かぐやの輝きを欲しがってはいても、かぐやが何をしたいのかを、一度も尋ねなかったからだ。
そんなある日、一人の人物が竹田の家を訪れた。国でも名の知れた、高名な天体物理学者だった。「きみの書いた小論文を読んだ。うちの研究室へ来なさい。約束された道だ」。それは、これ以上ないほど立派な誘いだった。けれど、その人もまた、かぐやを「自分の研究室の星」にしたがっていた。
かぐやは、深く礼をして、その誘いも辞退した。
四 月への道
かぐやには、ずっと前から、行きたい場所があった。
国際的な月探査計画——各国の宇宙機関が力を合わせ、ふたたび人を月へ送り、月に研究の拠点を築こうとする、長い長い計画。かぐやはその若手育成プログラムに、誰の力も借りず、自分で応募していた。
合格の知らせが届いたのは、十八歳の秋だった。訓練と研究の拠点は、海の向こうにある。一度旅立てば、何年も帰ってこられない。篁谷の二人にとって、それは月と同じくらい、遠い場所に思えた。
旅立ちの前の晩、三造は灯りの下で、ひと晩かけて小さな竹籠を編んだ。かぐやが拾われたとき入っていた、あの籠と同じ編み方で。「むこうで、これに星の石でも入れときなさい」。うたは何も言わず、かぐやの好きだった煮物を、ただ何度も、鍋いっぱいに作った。
「行ってきます」。翌朝、かぐやは深く頭を下げた。泣かなかった。泣けば、二人がもっとつらくなると、分かっていたからだ。
五 羽衣
かぐやが旅立って、十二年が過ぎた。
竹田の家には、海の向こうから、季節ごとに手紙と写真が届いた。訓練を終えた日のかぐや。研究チームの仲間と笑うかぐや。やがて、宇宙服を着たかぐや。三造とうたは、届いた写真を、仕事場の壁に一枚ずつ、増やしていった。
物語の天人は、天の羽衣を着ると、地上のことも、人を思う心も、すべて忘れてしまうという。けれど、かぐやは何も忘れなかった。どんなに遠くへ行っても、便りが途切れることはなかった。それが、かぐやが竹田の家に残していった、いちばんの「不死の薬」だった——二人を、忘れられた人にしなかったこと。
三造が八十を過ぎたある夜、一本の国際電話がかかってきた。月へ向かう探査計画の、最終チームの名簿に、かぐやの名前が載った——という知らせだった。
その晩、三造とうたは、縁側に並んで月を見上げた。かつてかぐやが、何時間でもそうしていたように。竹林が、さやさやと鳴っていた。
「とうとう、月まで行ってしまうな」と三造が言った。
「ええ」と、うたが答えた。「でも、ちゃんと、ここから見えるところにね」。
月は、いつもの晩と同じ顔で、篁谷の竹林を照らしていた。かぐやが生まれて初めて見上げた、あの月だ。遠いけれど、たしかに、つながっている。
了