第五話
ホントの花咲かじいさん
灰をまいたら、桜が咲いた。
そのひと撒きを、土の中から読み直す。
原作
むかしむかし、忠犬ポチが教えてくれた場所。
誰もが知っているあの物語を、まずはそのままで。
むかしむかし、あるところに、心のやさしいおじいさんとおばあさんが暮らしておりました。となりには、欲ばりで意地悪なおじいさんとおばあさんが住んでおります。
やさしい老夫婦には、ポチという可愛い犬がおりました。ある日、ポチが裏の畑で「ここ掘れ、ワンワン」と、しきりに吠えます。おじいさんが言われたとおりに掘ってみると——なんと、土の中から大判小判がザクザクと出てきたではありませんか。
それを垣根ごしに見ていたとなりの欲ばりじいさんは、「うちでも掘らせろ」と無理やりポチを借りていきました。ポチが嫌々ながら裏庭で吠えた場所を掘ると、出てきたのはガラクタとゴミばかり。怒った欲ばりじいさんは、なんとポチを打ち殺してしまったのです。
やさしい老夫婦は嘆き悲しみ、ポチの亡骸(なきがら)を裏に埋め、目印に小さな松の苗を一本植えてやりました。すると、その夜のうちに——驚いたことに、松はぐんぐんと伸びて、見上げるほどの大木に育っていたのです。
「ポチの形見じゃ。大切に使わせてもらおう」と、おじいさんはその松を切って、餅つき用の臼をこしらえました。さっそく餅をついてみると、臼の中から、また小判がぼろぼろと出てきます。
これを聞きつけた欲ばりじいさんは、また「臼を貸せ」と借りていきました。ところが、欲ばりじいさんが餅をつくと、出てくるのは虫やら汚いものばかり。腹を立てた欲ばりじいさんは、臼を割って、焼いて、灰にしてしまいました。
やさしいおじいさんが灰だけでも貰い受けて、籠(かご)に入れて家路を急いでいると、途中で一陣の風が吹いて、籠の灰が、街道のわきの、もう何年も花をつけていない枯木のうえに、ふわっと舞いあがりました。
すると——あら不思議。枯木は一瞬で蕾(つぼみ)をふくらませ、見たこともないほど美しい花が、咲きこぼれたのです。
ちょうどそこを通りかかった殿様が、これを見て大いに感心しました。「これは見事じゃ。枯木に花を咲かせる、まことの花咲かじいさんよ」。殿様は褒美の品をたくさん下さいました。
これを聞いた欲ばりじいさんも真似をして、灰を持って枯木に登り、ぱっとまき散らしました。けれども灰は、おりしも通りかかった殿様の目と口に入ってしまい、欲ばりじいさんは捕らえられて、こっぴどく罰を受けました。
めでたし、めでたし。
科学ツッコミ
待ってください。
その灰、本当に効きますか。
一晩で大木、ひと撒きで一斉開花、犬の声。植物・化学・生物の観点から、土の中からひとつずつ掘り起こす。
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植物
灰をまいたとたん、枯木が一瞬で花を咲かせるって、ありえる?
物語のいちばんの見せ場、枯木に灰がふわっと舞っただけで、見事な桜が咲きほこります。植物のしくみとして、これは可能なのでしょうか。
検証
桜が花を咲かせるには、まず前年の夏に「花芽(はなめ)」が形成され、冬の寒さで休眠打破が起こり、そして春の気温上昇で開花する——という、ほぼ一年がかりの準備が必要です。「枯木」と表現されるほどに弱った木に、しかも蕾もない状態から、一瞬で満開——というのは、植物のしくみとして根本的に不可能。
もし「枯木」が本当に枯れている(生きていない)木なら、肥料を与えても花は咲きません。死んだ細胞は分裂も開花もしません。生きていて、たまたま今年たくさん花芽をつけていた木に、土壌改良が効いた——という解釈なら、まだ自然界に近づきます。
※ 開花の「タイミング」は温度で前後しますが、「ゼロから一瞬で咲かせる」のは超常の領域。物語のクライマックスは、まさに奇跡として描かれています。
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化学
木灰には、本当に肥料の効果があるのか?
灰には肥料効果がある、というのは古くから経験的に伝わってきました。化学的に見ると、本当でしょうか。
検証
本当です。木を完全に燃やしたあとの「木灰」には、カリウム(K)が約30%、カルシウム(Ca)が約25%、リン(P)も少量含まれます。カリウムは植物が花や実をつけるのに不可欠な栄養素で、農業では「カリ肥料」として広く使われます。カルシウムは細胞壁を丈夫にし、酸性に偏った土壌のpHを中性に近づける効果もあります。
古来、火山灰が積もる地域や、焼き畑をしたあとの土地が肥沃だった理由のひとつも、この灰由来のミネラルです。物語が「灰=価値あるもの」として描いているのは、感覚として正しい。
※ ただし即効性はありません。「効く」のは数週間〜次の作付け以降。そして撒きすぎはアルカリ性が強くなりすぎて、かえって植物がうまく育たなくなります。
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生物
犬が「ここ掘れ」と教え、本当に宝が出てくる?
ポチは裏庭の一点で吠え、掘れば小判。動物がそんな高度な指示をできるのでしょうか。
検証
犬の嗅覚はヒトのおよそ100万倍。土の中の食べ物・骨・遺体などを掘り当てる能力は、種類によっては実証済みです。フランスやイタリアでは「トリュフ犬」が地中のトリュフを探し当て、警察犬・麻薬探知犬・地雷探知犬も、いずれも犬の鼻のたまもの。「ここ掘れワンワン」は、嗅覚という現実の能力の延長線上にあります。
ただし、小判(金属)は無臭です。金そのものを嗅ぎ分けるのは難しい。物語の小判は、たとえば「埋められたとき一緒に入った木箱や布、それを扱った人間の匂い」が地中に残っていた、と読めば矛盾しません。古い埋蔵金には、当時の容器や布の痕跡が必ず付いています。
※ 「ワンワン」と吠える行為自体は、犬が「ここを掘れ」と人に伝える典型的なシグナル。動物のしつけと信頼関係があれば、十分に成立します。
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物理・生物
植えた苗が、一晩で大木になる?
ポチの墓に植えた小さな松が、夜のあいだに見上げるほどの大木に。これは植物の限界を、何倍も超えていそうです。
検証
地球上で最も速く成長する植物の代表はマダケ(タケ)で、1日に1メートル以上伸びることがあります。ただしこれは「茎が水を吸って既存の節を伸ばす」しくみで、木が幹を太らせて成長するのとはまったく別物。樹木が一晩で大木になるには、細胞分裂・木質化・養分の運搬を、現実の100倍以上の速度で進める必要があり、これは現代の生物学では説明できません。
仮に魔法でできたとしても、その分のエネルギー(質量を増やすエネルギー=細胞数×構造材)はどこから来るのか、という根本的な疑問が残ります。「物質保存の法則」と「光合成の効率」を考えると、一晩の大木化は不可能です。
※ 急成長系の昔話モチーフ(豆の木、ジャックと豆の木など)は世界中にあります。「ありえない速さの成長」は、奇跡を語る物語の定番表現です。
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社会・歴史
「正直者は報われ、欲ばりは罰せられる」——この型、なぜ何度も繰り返される?
花咲かじいさんは、典型的な「善玉と悪玉、隣同士」の構造をもっています。同じパターンの昔話は、日本中、世界中にあります。
検証
- 「隣の爺型」民話:やさしい老人と意地悪な老人が並んで住み、同じ行為を真似た悪人が逆の結果を得る——という構造。瘤取り爺さん、舌切り雀、おむすびころりんなど、日本の昔話のひとつの大きな型を成しています。
- 勧善懲悪の機能:農村社会では、正直・勤勉・親切が共同体を支えるカギでした。物語の中で「悪は必ず罰せられる」と繰り返し示すことは、子どもに規範を伝える教育装置として働きました。
- 江戸期に整えられた版:現在広く知られている花咲かじいさんは、江戸時代に絵本(赤本・草双紙)として整えられた形が元になっています。それ以前は地方ごとにもっと多様な形がありました。
※ 「灰が舞い、花が咲き、悪は罰せられる」——物語の魔法は、子どもに「やさしくあれ」を伝える、最古のメディアの一つでした。
以上、5つの科学的ツッコミを入れてみた。まとめると——一瞬の開花は不可能、ただし木灰は本物の肥料、犬の嗅覚は地中のものを探し当てる現実の能力、一晩の大木化は超常の領域、そして「隣の爺型」物語は日本社会の規範を語り継ぐ装置だった。
では、これらを全部「現実」に落としこんだら、花咲かじいさんはどんな話になるのか。次のパートで答えを出す。
リアル版
咲かせた、本当のこと。
現代日本、山あいの限界集落。土から始まる、村の春の物語。
一 桜井村の老夫婦
山あいの集落、桜井村(さくらいむら)。花田三郎(はなださぶろう)は七十六歳、妻のときは七十二歳。若い者がほぼ街へ出てしまい、村に残るのは数十人の高齢者ばかり。村のはずれには、戦後すぐに植えられたという桜並木が三十本ほどあったが、長く手入れもされず、近年は花のつきも悪く、ひと冬に何本かは枯れて倒れた。
ある春先、村のはずれに痩せた中型犬がうずくまっていた。首輪はない。三郎とときは何日か様子を見て、誰のものでもないと分かると、家に連れて帰った。古い童話にちなんで、犬の名は「ポチ」と決まった。
二 ここ掘れ、ワンワン
ポチは元気を取り戻すと、よく裏の畑を歩きまわる犬になった。ある秋の朝、ポチが裏の竹やぶの一点で、しきりに前足で地面を掻いている。三郎が「なんじゃ、おまえ」と近づいて、シャベルで掘ってみると——出てきたのは、サビた金庫だった。
中身は戦前の家のものらしい古い書類と、当時の貨幣がいくらか。骨董としては値はつかないが、村の郷土資料館に届けると喜ばれ、「桜井村の戦前の暮らし」という小さな展示が生まれた。ささやかな話題になって、新聞の地方面にも載った。
「ポチは大したもんじゃ」と村の人々は笑った。三郎とときにとっては、ただの「鼻のいい犬」のはずだった——その時までは。
三 灰のひと撒き
その新聞記事を見た一人が、村を訪ねてきた。退職した小学校教師、宮本という男だった。宮本は、若いころに農業大学で土壌学を学んでいた。「ご縁ですから」と、三郎とときの畑を見て、村のはずれの桜並木のところでしばらく地面を触った。
「土が痩せています」と宮本は言った。「桜は、土の栄養——とくにカリウムが切れると、花芽がつかなくなる。手入れもされていない。だから、咲かないし、枯れる」。
宮本が提案したのは、地味な手当てだった。村の家々で出る薪ストーブの灰(昔から村は薪を使う家が多かった)を集め、腐葉土とまぜて、桜の根元に少しずつ施す。木灰のカリウムとカルシウムは桜の花芽形成と樹勢回復に効く。あわせて、混みあった枝を間引き、根元の落ち葉を整える。
「これを、一年やってみてください」
四 欲ばりな計画
ちょうどそのころ、村に「野上開発」という会社の名刺を持った男が出入りするようになった。桜並木のあたりの土地をまとめ買いして、ソーラーパネルを並べたい、というのである。桜並木は「老朽危険木」として、伐採の許可申請がすでに県へ出されていた。
三郎ととき、宮本、それと村に残る数人は、ささやかに反対した。けれど大きな抗議運動ができるほどの人手も若さもない。せめて「あの並木がもう一度花をつけるあいだは、待ってもらえないか」と県へ手紙を書いた。県の地域おこしの担当者が、いちど現場を見に来ることになった。
三郎ととき、宮本、村の数人は、夏から秋にかけて、灰と腐葉土を桜の根元へ運びつづけた。落ち葉を集め、混んだ枝を切り、根の周りを軽く耕した。冬のあいだも、雪をかきわけて、根元のしごとを続けた。
五 咲いた
翌年の春。桜並木は、何年ぶりか分からないほど見事に花をつけた。
三十本のうち、二本はもう手遅れで咲かなかった。けれど残りの二十八本は、白いのと薄紅のとが混ざって、トンネルのように並んだ。県の担当者が見に来た日、桜は満開だった。担当者は黙って一周し、それから「これは——伐採の話は、いったん白紙にさせていただきます」と言った。
野上開発の男は、その後あちこちで聞きまわって、灰のことを知ったらしい。自分の関わる別の集落で同じことをやろうとして、いきなり大量の灰を桜の根元にぶちまけた。土はアルカリ性になりすぎ、桜は弱り、その春は咲かなかった。「効くからといって、まきすぎてはだめなのです」と、あとから宮本が静かに言った。
「枯木に花を、と言いますがね」と宮本は三郎に言った。「あれは本当には、枯れた木に花が咲くわけじゃない。生きてる木が、誰かに少し手をかけられて、もう一度花をつけるだけの話なんですよ。村だって、たぶん、おなじです」。
ポチは、桜の根元で、いつものように昼寝をしていた。鼻のさきに、薄紅の花びらが一枚、ふわっと落ちて止まった。
了